シャトルラン・コンプレックス
小学生の時、隣の席の女の子に泣かれた。
僕は花粉症持ちで鼻炎持ちだったから、「口呼吸の音がキショすぎる」という理由で泣かれた。
音楽会で、同じ木琴の担当になった女の子に泣かれた。
その前の年の音楽会では、『ブレーメンの音楽隊』のミュージカルをした。
ロバとか、犬とか、ニワトリとか、いくつかの役に4~5人ずつで分けられた。
ひょうきんで、人気者の男の子たちは強盗役だった。
役決めの日、僕は学校を休んでいた。
次の日、学校に行ったら、僕は黒ネコ役に決められていた。
女の子たちに混ざって、男の子は僕たった一人だけだった。
練習でも、本番でも、黒ネコの群れに混ざれなかった。
男の子からも、女の子からも、疎外されているのだと感じた。
運動神経が無かった。
休み時間のサッカーは、どれだけ「ヘイパ!ヘイパ!マイボ!」と叫んでも、パスは回ってこなかった。
僕の位置取りが悪かったのかもしれないし、他の子が意識的に僕にはパスを回さなかったのかもしれない
昼休みの校庭で、僕だけ、サッカーじゃなくてシャトルランをしていた。
小体連という、市内の全小学校対抗の陸上大会があった。
僕たちの学校は人数が少なかったから、ほとんどの子が選手になれた。
でも僕はなれなかった。
応援団だった。
選手に選ばれなかったのは、僕を含めて3人だけだった。
応援副団長になった。
非・選手は3人いて、内訳は応援団長1人、副団長2人だった。
つまり、選ばれなかった中でも、選ばれなかった。
当日は、お母さんが気合いを入れたお弁当を作ってくれた。
タコさんウインナーに悲しくなった。
バレンタインデーの丁度その日に、担任の先生が出張でいなかった。
だから、女の子はみんなここぞとばかりにチョコを持ってきて、男の子はみんなここぞとばかりに受け取っていた。
後日、それを知った先生が激怒して、「学校にお菓子を持ってきたヤツも、貰ったヤツも、みんな立て」と言った。
僕だけが座っていた。
先生は、「がくとくんを見習え」とみんなに言った。
みんな立っていて、僕一人だけ、埋まっていた。
みんなが僕を見下ろしていた。
髪型にこだわっていた。
小学生なのにアシメにしていた。ワックスも使ったりしていた。
「ナルシ」ってイジられた。ノンスタ井上だって言われた。
男の子にも女の子にも言われた。
そんな風に僕をからかった奴らが、中学生になって洒落っ気づいて、休み時間に「ワックス貸してくれん?」って言ってきたときは、殺してやろうかと思った。
他者に、とりわけ女の子に好意を向けられるということが、分からなかった。
「女子」は、僕をキモがる存在だと、虐げてくる存在だと思っていた。
「僕はオスとして劣っているのだ」と思っていた。
今も思っている、かもしれない。
この劣等感と逆・自尊心は、いつまで経っても消えてくれない。
この感情を、何年間もずっと、ずっとずっと、繰り返している。
増幅させながら、深化させながら、反復している。
スタートが無ければゴールも無く、ただただ反復している。
昼休みのシャトルランを、僕は今も続けている。
僕は今も、あの教室に埋まっている。